カンボジア・シェムリアップ教育視察レポート~困難を抱えながらも続く子どもたちの学び~
視察期間:2025年11月9日〜13日
視察地:カンボジア王国・シェムリアップ州(幼稚園/小学校/教育庁)
一般社団法人日本保育連盟(代表理事・杉村栄一)の会員25名は、11月9日から13日にかけて、カンボジア・シェムリアップ州内の教育施設や行政機関を訪問し、日本とカンボジアとの教育環境の差異を確認すると同時に、現地の教育関係者との交流を深めました。本視察には幼児教育や小学校教育に携わる専門家や施設運営者、現場の保育士らも参加し、都市部と農村部に広がる教育インフラの現状、教員不足、教材不足、栄養課題など、多面的な課題を把握する貴重な機会となりました。
就学格差と教材不足に向き合う教育の現場
視察初日。最初に訪れたのは、サスダムAIAI幼稚園です。連盟の保育事業者会員であるAIAI Child Care株式会社が9年前に(旧社名のglobal bridge HOLDINGS時代に)寄付して建設された幼稚園。ここでは、3歳から5歳までの園児が元気に過ごしています。園内は明るく、子どもたちの作品が壁一面に飾られていました。子どもたちの自立や社会性の育成を重視し温かい雰囲気が印象的でした。
一方で、この地域では95%の子どもが小学校へ進学する一方、中学校から高校への進学率は75%まで落ち込むという課題を説明。教材不足は深刻で日本からの継続的支援を希望しています。これを受け、同じく連盟賛助会員である千株式会社が今年、学校を寄付して同じ敷地内に校舎が建設されたばかりで、校舎や図書室の不足解消に一躍買っています。



次に訪問したのは、シェムリアップの中心部から車で2時間以上離れた農村部に位置するスマッチ・プライマリー小学校。最大の課題としては、両親の出稼ぎなどによって子どもが家事を担わざるを得ない状況や、継続的な通学の難しさが挙げられました。校長は「保護者や地域の人々に教育の大切さを理解してもらえることが何よりの喜びになる」と語り、今回の交流をはじめとする国内外との連携による教育機会の増加を期待しているといいます。

日本語教育の岐路と小学校現場が抱える貧困、設備不足
視察2日目。最初に訪れたのは、山本日本語教育センターです。カンボジアで日本語を学びたい現地の人々に無料で日本語を教えている伝統ある教育施設。卒業後は世界遺産であるアンコールワット遺跡の日本語の観光ツアーガイドとして活躍している卒業生も多く、ここ数年で技能実習生として日本で働く若者ら進路は多岐に及んでいます。
センターで唯一の日本人教師の飯井敦子先生によると、近年は英語・中国語が台頭しており、センターの学生も減少傾向で日本語教育の必要性の発信が課題とのこと。「教師や生徒不足のなかでも日本語の意義を伝えていきたい」と語り、日本との協力による「学習環境改善を期待している」といいます。

この日、2カ所目の視察先であるプオック小学校では、3歳児〜小学校6年生の557名が学んでいます。昨年まで午前中で授業を終える半日制でしたが、政府の指定校となり午後も授業を行うようになりました。シェムリアップの中心部に近いため、保護者の教育意識は比較的高く、ここでも教材や遊具、校舎設備の不足が課題として挙がりました。一方で、家庭に問題がある子どもは職員が家庭訪問するなど、学校と保護者の連携が密に行われている点が印象的でした。校長は「日本からの教材支援をぜひお願いしたい」と訴えています。

3カ所目は、スナソンクレム小学校。ここは農村部に位置し、保護者の多くが農民で学校教育を十分に受けてこなかったため「教育の大切さ」を伝えること自体が難しい現実があります。また、この地域は貧困や栄養不足が深刻であったことから、国連WFP(世界食糧計画)の援助を受けて子どもたちに給食提供を始めた経緯がある。現在は保護者の理解を得て自前で調理して給食(一食あたり米㌦で約25㌣)を提供しています。校舎も脆弱で「屋根は木製」「壁は金網」のものもあり、雨や雪のスコールの音が大きい時には授業が中断されることも多いとの説明を受けました。

この日最後に伺ったのは、 シェムリアップ聾唖(ろうあ)学校。障害のある子どもたちの学びを支える重要な施設で3歳児〜高校3年生までが寄宿して学びを続けています。説明によると、障害を持つ子どもは減少している反面、自閉症の子どもが年々増加している傾向があり、支援継続は必要とのこと。また、12〜13歳になると、保護者が子どもを学校から連れ出して働かせようとすることもあり、教諭は「保護者に教育の重要性を伝え続けいくことが大切」と語っています。

水上生活とともにある「学び」を支える学校
最終日は、チョン・クニアス小学校(水上学校)を視察。トンレサップ湖に隣接した学校です。トンレサップ湖には水上に浮かぶ校舎が特徴的な学校もあり、ここで暮らす子どものほとんどが水上の暮らしで通学には船を使います。授業は午前と午後の二部制で、先生は午前授業後に一時帰宅し、昼食後、午後の部で教鞭をとります。水上では住所がないため郵便や手紙は届かず、住民票を登録した住民のみ村長が電話番号を把握。3歳〜10歳の子どもは家の手伝いとして漁を行うことが多く、家庭の労働が生活と密接に結びついています。
国の方針として「水上生活の抑制」が進められ、住民は生活基盤の変更を迫られています。水上生活の厳しさと、教育を続けようとする学校の努力が際立つ視察となりました。

教員不足と進学率の低さの課題を共有
今回の視察は教育現場のほか、シェムリアップ教育庁を訪問し、トン・シナ副局長と意見交換を行いました。副教育庁は来日経験があり、日本の保育園や公立小中学校を視察したことがあり、日本の保育や教育制度を目標に掲げています。そのうえで、シェムリアップの教育課題について「教員不足」「教科内容や教授法の改善の模索」「中学校・高校への進学率の低さ」などを課題として挙げました。
教育庁との意見交換では日本の保育制度や職員育成の考え方を共有し、「日本の教育のノウハウを取り入れたい」という強い要望が改めて寄せられました。

シェムリアップでの視察を通じて、カンボジアの教育現場は、教員不足、教材不足、栄養不足、校舎の老朽化といった多くの課題を抱えつつも、「子どもたちに学びを届けたい」という強い思いに満ちていることが分かりました。日本保育連盟は、今回の視察で得た知見をもとに、カンボジアと日本の教育交流をさらに深め、未来の子どもたちを支える協力体制の構築を検討していきます。

